内海桂子師匠…1922年(大正11年!)9月22日生まれ。
80代半ばに漫才協会会長に就任、ずっと漫才協会内で、いや日本の芸人で最高齢の芸人された、“LIVING LEGEND”…まさに“生きる伝説”といってよい方でした。
2020年8月22日、97歳で死去。
亡くなられる年の1月、つまり96歳まで…浅草東洋館に出演されていました。
凄い、本当に凄い。
亡くなる数年前、すなわち90代になられてもなお、持ち時間15分~20分全くバテる様子を見せず喋り続けてらっしゃいました。
何だったらご本人のテンションが上がっちゃってる時は20分過ぎてても収まらず…なんてこともある位でした…まさに圧巻でした。
最後はそんな内海桂子師匠の話を振り返ってみたいと思います。
浅草東洋館の楽屋では、私、身分不相応を承知で内海桂子師匠と同じ楽屋を使わせて貰っていました(そもそも個人の楽屋、という概念がないので、結果大御所と楽屋を共にすることになるのだが)。
とはいえ実際の所、私のような芸人が同席することは許されないのかもしれませんが…何となく気付いたら同じ部屋になっちゃった。
空気読めてないかもしれませんが、僕はそれでイーと思っています。
加えて…桂子師匠の出番のある日は、何故か楽屋の密度が低い。
やはりそこは他ならぬ桂子師匠ですから…他の師匠方も遠慮されてるというか、やはり桂子師匠を立てて楽屋を変える方も部分もいらっしゃると思われる。
御着替えはいつも済まされてから入られるので、その辺りも関係ないですしね。
それでも私は敢えて動かず、同じ楽屋を使わせて貰っていました。
勿論気は遣いますし、喋る内容も考えます。
ところが、桂子師匠、実にフランク♪
会話に困った試しが…ない!!
いつも楽屋に入って来るなり「いやぁ、暑いわねぇ」なんて調子で話し掛けて下さるし、「出番はもう終わったの?」なんてこちらのことを気に掛けて下さることもしばしば。
何度も写真とか撮らせて貰いました、一度も断られたことがありません。
もしかしたら煙たがられるか、はたまた迷惑がられるか、といった心配は全て杞憂でした。
またこんなことが有りました。