私自身、『エンタの神様』に出られることで、“芸事で生活できるようになる”だけじゃなくて、“芸事で豊かな生活な営める”ことに対する憧れ、渇望はある種異常なほどだったように思います。
器用、何でも出来るというのは功罪あると思うのです。
何でも出来る能力があると…時流に合わせることが出来ちゃうんです。
何でも出来るっていうのは一見とても良いことのように思うのですが、実はそれが一概に良いことばかりでもない、ということなんです。
“一芸に秀でる”と言う言葉があります。
芸能に於いて…この“一芸に秀でている”ことはとても重要なファクターになります。
1つの芸が秀でていれば、その芸にスポットが当たり、加えて秀でているということは“他を寄せつけない”ということにも言い換えられる訳で…時流とマッチした時には向かうところ敵なし、無双状態となるのです。
ただ、厄介なのは“時流とマッチする”状況がいつ叶うのか?はたまたそもそも叶うのか??…こればっかりは続けてみないと分からない。
結果、叶わず志半ばにして、という結末もなきにしも有らずなんです。
これが実にキツい。
不安になるから時流を待っていられなくなる。
故に待ちきれない人は時流に合わせに行くことになる。
ブームが大きくなればなる程、そのブームに憧れる人も多いし、それが多くのフォロワーを生むことにも繋がるのです。
『エンタの神様』が一大ブームとなった時は、それはまぁ、えげつない程の数の“エンタフォロワー”達が若手お笑いライブシーンに溢れ返りました!
キャラ付けしたネタ、リズムネタ、あるあるネタ…もうそんなネタを急にやり出す芸人が増殖しました。
これ揶揄するつもりは一切ありません。
何故ならかくいう私も…そんな時流に合わせようとした一人だったからです。
ただ不幸中の幸いだったのは…私自身が不器用なので、結果うまく合わせることが出来なかったのです。。。