さて、漫才協会に入り立ての頃…宴席にてお小言を頂いた昭和こいる師匠の話です。
それ以後、言っても宴席での立ち振る舞いも少しずつ学び、最低限のことは出来るくらいにはなりました(えーオッサンが恥ずかしい話ですが)。
しかしながら、こいる師匠と宴席でご一緒させて頂く機会は…それ以後なかったように思います。
ところがある時、突如こいる師匠は私を呑みに誘って下さいました。
東洋館ではない、何処かの寄席で昭和のいる・こいる師匠とご一緒させて頂いた時の話です。
帰り際、2人で帰っていた時の話。
「木曽くん、今度呑みに行こうよ?」
今思えば(何故2人で?)とは思うのですが…そのお誘いは不思議と実に自然だったことを今でも鮮明に覚えています。
「はい、是非宜しくお願いします!」
…私はそのお誘いに二つ返事。
乗り換えの千代田線で…私は自分の電話番号を伝え、当時ガラ携帯をお持ちだったこいる師匠は…その電話番号をメモリダイアルに登録せず、小さなメモ帳に書き記す。
「登録しないんですか?」
「分かんないんだよぉ」
…そんなやりとりもあったように思います。
こいる師匠にに対して頑なだった筈の私が、特に意識せずお誘いをお受けしたり、突っ込んだり出来たことは自分自身とても不思議でした。
荒川区の町屋にある、こいる師匠行きつけの小料理屋さん。
普段のこいる師匠はステージ上とは違い、とても物静かな飲み方をされる方でした。
内心〔そりゃああんだけバカ騒ぎしてたら、何か言いたくなるよな〕なんて思ったり。
これはどっちが良くて、どっちが悪いとかじゃないんですが。
こいる師匠とのさし飲み。
焼酎の水割りだったかなぁ、、、ちびちびすすりながら、こいる師匠は昔話を色々聞かせて下さいました。
最初は緊張していた私も、徐々に心が溶けてリラックスしてその会話を楽しめるようになって来ました。
そしてそんな話の流れで…以前、酒席での“灰皿”についてのご指摘を頂いたことに対して、感謝の気持ちを伝えました。
そしてその当時の私の至らぬ受け留め方に関しても正直に打ち明けました。
するとこいる師匠は「そんなことあったっけ?」と気に留める様子もなく、一笑に付してそれで終わり。
改めて私は…その大らかさに助けられたのでした。。。
思えばこいる師匠と2人だけで飲みに行かせて頂いたのは、この時と4年前くらいの2度だけ。
青空球児師匠やこぼん師匠も居て、ということでしたら何度もあるのですが…本当に貴重な経験となってしまった訳です。
2023年08月01日